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ほんとはいいたかったこと・・・鈍間雑記

カテゴリ:演劇( 53 )

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【作】 清水邦夫
【演出】行定 勲
【出演】
 三上博史 倉科カナ 神野三鈴 
 岡田義徳 有福正志 有川マコト 小椋 毅
 河井青葉 青山美郷 三浦翔哉  梅沢昌代 
 ユースケ・サンタマリア 他



素敵な舞台でした。

オープニングは、舞台上に名作映画の1シーンが次々に映し出されます。
お芝居の舞台が廃館する映画館ということで、台詞に映画・舞台からの引用も多く、映画が娯楽の主役の時代の作品の名場面が次々と表れるのは、ちょっと寂しい雰囲気です。
ぱっと思い出せるのが、カサブランカ、ローマの休日、駅馬車(かなぁ)、第三の男、まだあったと思うのですが^^;
キスシーンだけ続いたのは『ニュー・シネマ・パラダイス』のラスとを思い出して、懐かしい気分になりました。

初めは客席からスクリーンを見ている気分だったのですが、字幕が逆になっていて、ここ(客席)はスクリーンを裏側なんだなと気づきました。
徐々にすスクリーンの向こう側に「映画館の館内のセット(客席)」が見えはじめ、三上さん演じる“盛”の姿が見えました。
このオープニング、す~っとお芝居の世界に入っていけて好きです。

セットは休憩後も変わらず。
暗転で小道具が増えたり、盛の幻想の世界(過去)が現れますが、土台は変わりません。

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引退した俳優“盛”(三上さん)と盛の妻”ぎん”(神野さん)二人の掛け合いが素晴らしかった。
台詞がとても聞き取りやすくて、小さな声でも早口でも、滑舌がよく抑揚があり、台詞が自然に耳の中に入ってくるように感じました。

長年故郷を離れていた盛が、俳優を引退し映画館を営む実家(弟・重夫の元)へ元へ帰ってきます。ぎんは夫の後を追ってきて、二人だけの挨拶、片手を挙げて「ほ」という二人だけの挨拶を交わすのが良いと思いました。
小さな田舎町で、二人だけが地域の人間でない”異質さ”を感じますし、精神を病んでいく盛と、盛の世界に付き合うぎんの別世界も感じます。

後に登場する”水尾”(倉科さん)も異質。
水尾を追ってきた、水尾の夫”連”(ユースケさん)に異質なものは感じません。ただ地域外の人というだけではなく“盛の世界に入っていいける”人だけが異質な気がします。

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水尾の登場も良かった。
盛の弟”重夫”’(岡田さん)と兄弟の叔母“はな”(梅沢さん)の、好きな映画を懐かしむ場面は観てて“ほっ”と一息つけます。映画好き・・・中でも劇場で観る事が好きな人には楽しい場面ではないかと^^
二人が映画について楽しそうに話すので、私も参加したい気分になり、寂しい気分にもなりました。
この数年、デジタル化の影響もあり多くの映画館が廃館になりましたから・・・・

重夫の「西部劇のお決まりで必ず白いドレスの女性が馬車から降りてくるという」という感じの台詞の直後、舞台後方の映画館の入り口から水尾が入ってきます。
赤い扉と、真っ白な衣装(靴も白)がぱっと目を引きます。
旅行バックが水色というのもいいですね。
冬の日本海側に白と水色は似合わない・・・というのが良いです。

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三上さんと神野さん台詞が素敵で、他の掛け合いが物足りないといいますが、力量の差を感じました。
例えば、倉科さん(水尾)と三上さんとか、岡田さん(重夫)と三上さんとか、神野さんと違って耳の中でつっかえる感じでバランスが悪いのです。
倉科さんとユースケさん、岡田さんとユースケさんは、力量が同じとうことなのかバランスの悪さは感じませんでした。正直、早口だと台詞が聞き取れないというストレス(特に岡田さん)はありましたが、許せる範囲でした。
ユースケさんんと岡田さんの「パンを巡る小さな争い」もほっと一息つける時間でした^^
倉科さんと神野さんは、バランスが悪さが逆に良かった気もします。
水尾の未熟な感じ、水尾は人気女優ですが、盛の為に自分を抑えているぎんの方が女優として上です。
取り乱さない”ぎん”が怖い。
”盛”がオセローの台詞を言いながら“水尾”の首を絞める場面があri

三上さんの舞台は観たいと思っても、対費用・時間を考えて他のキャストがイマイチだったり日程がイマイチだったりで迷うのです。今回も迷ったのですが新潟公演が決まっていたのでパルコまでいかなかったけど、三上さんと神野さんだけでも遠征価値があったかなって少し後悔。パルコの前列とりゅーとぴあの後列で観劇できたら・・・・なんてね(節制しないといけない状況なんですが^^;)

後半、盛の精神状態が益々酷くなっていく様子は目と耳が釘付けでした。
”盛”がオセローの台詞を言いながら“水尾”の首を絞める場面がありますが、“ぎん”はマクベス夫人の怖さがあるように感じます(狂気の前の)

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盛の幻想の「孔雀の剥製」の解釈ですが、盛の「終わりの美学の象徴」ということかなと思います。
美しい姿のまま永遠に残る、醜い姿を見せずに終わるということかなと。
姉の自殺も、遺体が生きているときよりも美しい 「最も美しい時」とうの気になりますし。
「盛」という名前も「生」とかけているのかと思います。
名前といえば、妻の「ぎん」という名前も、価値はあるけど金より劣るということ。
妻を姉と思い込むのも関係があるのかなと思うのですが、考えすぎでしょうか?

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「北国シネマ」のモデルと思われるのは新井映画劇場」か「新井松竹館」かと思うのですが、両館とも残っていません。
でも、こんな感じかなという映画館「高田世界館」があります。
最近、テレビで取り上げられたこともあり映画好きの間で話題になっている映画館です。
この映画館、新潟県内の映画館を紹介しているサイトに掲載されていないこと、私がテレビの無い生活をおくっていることから、先月のコミュニティシネマ会議まで知りませんでした。
ホントは交通費と移動時間を考えずに直ぐに訪れたいと思うのですが・・・・^^;
今日と明日、ちょうど映写室を含めた見学ツアーの日なんですよね。
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by k-mia-f | 2015-10-24 21:33 | 演劇

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原作:太宰 治(「グッド・バイ」)
脚本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
    (KERA・MAP#006)
出演:
仲村トオル 小池栄子・
水野美紀 夏帆 門脇麦 町田マリー 緒川たまき・
萩原聖人 池谷のぶえ 野間口徹 山崎一



昭和23年、小説「グッド・バイ」は、太宰治が新聞連載を予定し13回分まで書いた時点で入水自殺を遂げ、絶筆となった。
田舎に妻子を残し単身東京に暮らす男・田島周二は、雑誌編集者という体裁の裏で闇商売でしこたま儲け、はたまた何人もの愛人を抱えているという不埒な男。
しかし一転、妻子を呼び寄せ闇商売から足を洗い、真面目に生きようと愛人たちと別れる決心をする。
田島が愛人と別れるため手を組む傲慢怪力の美女・キヌ子、彼の多くの愛人たち、そして彼らを取り巻く人々をKERAが新たな視点で描き出す。(りゅーとぴあHPより)



予想以上に楽しい舞台でした。
もっとシニカルな・・・ブラックなコメディかと思っていたのに王道ラブコメで3時間あっという間でした^
原作未読の為、どの程度KERAさんの創作なのか分からないのですが(※)上で観ている太宰がこの結末をどう感じたか気になります。
(※KERA・MAPのHPでは太宰は殆ど導入部しか書いていないとあります)
(※島耕二監督作では妻子を呼び寄せる為ではなく結婚する為とあります)

女性がとにかく強い!
一見弱そうな愛人の美容師、ショックで自殺未遂する割りには・・・^^;
専業主婦の妻もあっさり「グッドバイ」
この二人、嫌な言い方をすれば「次の財布・寄生先」を見つけてから「グッドバイ」するんですよね。
「次」が不要の女医さんは、さっさと「グッドバイ」だし。
他の愛人2人も、次の相手が決まって「グッド・バイ」だし。なんだかんだと相手に妻子がいたら結婚は難しいわけだし、田島が思っていたるより将来のことを考えていたのでは?
田島が愛人たちに「グッドバイ」するのではなく「グッドバイ」されるというのが面白いです^^
女性としてみていなかったのに、いつしか・・・という少女マンガっぽいのがむずかゆい(ほめ言葉)
最近、少女マンガが原作の映画の予告で、原作の漫画が登場するのと同じような感じで、頭の中で絵が浮かんでくるんですよ(しかも雑誌を読んでいた頃の昔の絵で)

田島と関係のあった女性達が、田島抜きにどこかで繋がっていたことも面白いですね^^
女性達が最後は仲良くやっていることは何か納得できるのですが、田島と田島の妻を奪った連行の仲か続いているのが不思議。
これも一種のナルシズムなんでしょうか?
愛人と別れるにもカッコいい自分でいたい人だから、余裕を見せてカッコつけるみたいな・・・・


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小池栄子さんがハマリ役!
怪力で大食いで“喋らなきゃ美人”という設定がぴったり過ぎて「当て書きでは?」と思ったのですが、どうなんでしょう?
小池さんは映像作品で評判が良いことは知っていましたが、舞台でも活躍されているんですね。
(私はでっきり初舞台だとおもっていました^^;)
小池さん以外でも、台詞がききとれないとかミスキャストだなと感じる方はいらっしゃらなかったし、今回は笑いのツボも周りと一緒で舞台と客席が一体となっているようで楽しい時間を過ごせました^^


セットも私好み^^
場面転換でのセットの移動が積み木か寄木細工パズルみたいと感じました。

「復興の唄」が懐かしい~~
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by k-mia-f | 2015-10-10 21:32 | 演劇

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10/5修正


1980年の初演以降も何度か再演されていますが、舞台に然程興味のない頃でしたので今回が初観劇です。
「伝説の舞台を観る最後の機会かもしれない」という思いから「現在のお財布事情でも4万(交通費等諸経費含む)かけてもいい」と決断しました。
・・・なので、期待が大き過ぎたのかもしれません。


開演前から舞台セットだけで「ホントに仏壇だ~」嬉しくなってしまいました^^♪
(完全に扉が閉まっている状態かと思っていたので、想像と少し違ってましたけどね)
少し体調が悪く、開演までの数分を目をつぶって休んでいて、そろそろかなと目をあけたら横に腰が90度に曲がった老婆の姿が目に入りました。私は1F真中くらいの列の通路側の席でしたが全く気配を感じず、いきなり目の前でお芝居が始っていたことにびっくり。反対側の通路を見ると同様の姿の老婆が舞台に向かっているのが見えました。
一言も発せず、右手に杖を持ち、左手を座席の背に置きながらゆっくり舞台に向かって下りていったので、手を置かれた座席にお座りの方は“びくっ”としていたように見えました。

老婆は3人の魔女の内の2人なのかと思っていたのですが、上手と下手に座り「仏壇セット」の扉を開ける以外は上演中ずっと背中にしょっていたお弁当を食べたり内職のようなことをしていました。2人は「仏壇セット」の外に座っていてスポットライトも当たらず(場面転換の時にクロスしたライトが当たりますが)箸休めみたいにチラッと目を向けると背中にしょっていた(思われる)お握りを食べていたり内職のようなことをしていたり(暇つぶし?)、彼女達は何者だったのか分かりませんが、マクダフの妻子殺害の場で涙を拭いていたことが気になります。
もしかして、パンフに説明があったのかな?
パンフ未購入なのでわかりません。
場面転換は面白かった!

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扉が開き、舞台全体を覆う障子の向こうで雷鳴轟く中に3人の魔女の姿がかっこいい!
歌舞伎女形風で、ここから先も期待できると嬉しくなったのですが、ここから先失速していきました^^;

全体的に台詞が聴き取り辛く、メインキャスト以外は叫び過ぎに感じましたし、市村さんとは相性が悪し・・・・期待していた鋼太郎さんのマクダフも何故か響いてこなかった。
田中裕子さんのマクベス夫人は“激しい気性”は感じなかったけど嫌いじゃないです。
夢遊病の場面もヒンヤリした雰囲気で、設定が影響してどうしても『蜘蛛巣城』の山田五十鈴さんと比べてしまうけど(私にとっての最初の『マクベス』で手を洗う場面にゾッとしたのが忘れられないのです)
市村さんの "Tomorrow Speech" は私にはイマイチ。
もっと惨めな感じ、余力が残っていない感じの方が好みです。
あれ?ここまで書いて思ったんですが佐々木蔵之介さんの"Tomorrow Speech"が全く思い出せません^^;
もっと以前の堤真一さんのは思い出せます。
ていうことは、今頃ですが“長塚マクベス”も悪くなかったってことなのかな(マクベス夫人以外は)


何でこんなに響かないんだとうと考えたんですが「世界の蜷川の代表作」を観れて有難いということで、納得いかない(好みでない)配役でもいいと思った私が悪かったのかなって。観劇中に“萬斎マクベス”とか“黒澤マクベス”とか頭にチラついていました。
若手の演出家の作品を観るようになって私の好みが変わってきたのかなぁ・・・
好評の感想を選んで読んだのですが、それでもピンとこないのです。
豪華なセットが主役で役者がセットの引き立て役のように感じたのが残念です。
舞台美術だけなら大満足。

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これは演出や役者さんが悪いわけではないのですが、この舞台で何故笑いが起こるのかわjからない(9/27)
マクベスで笑えるところって、私は門番の場面くらいかなぁと思うのですが?
はっきり覚えているのはダンカン殺害後にマクベス夫妻が寝室へ戻る場と、マクダフとの戦いで「女から~」の場でのことで、台詞の意味をご存知でなく言葉通りに受け取って「何から産まれたんだ」という笑いなのかなと思いましたが、それでも可笑しい台詞かなぁ・・・と不思議。
やっぱり受け手の市村さんのせいかなぁ・・・
以前『炎の人』新潟公演でも大きな笑いが起きて「ここはゾッとするところでは??」と理解に苦しみました。
TVでのインタビューや三谷映画のイメージのせいなのか、滑舌がイマイチ^^;なせいなのか・・・隣席の笑い声が邪魔でした。
(同じ舞台を観ても感じ方は人それぞれなので、矛盾しているようですが”笑うな(怒)”と言ってるわけではありません。念のため)
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by k-mia-f | 2015-10-04 21:30 | 演劇

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作:ダーチャ・マライーニ
演出:マックス・ウェブスター

出演:中谷美紀/メアリー 神野三鈴/エリザベス



6月のパルコは前方の舞台を正面目線で鑑賞できる席で、7月の新潟は最後列に近い中央ブロックで見下ろす席での観劇。
舞台後方に少し前屈みな鏡があるセットで、後方から観ると“飛出す絵本”みたいだなと思いました。

登場人物はメアリーとエリザベス、二人の関係者合わせて5人。、
5人といっても二人芝居なので、メアリーの乳母エリザベス・ケネディを神野さん、エリザベスの侍女ナニーを中谷さんが演じ、女王と従者の会話で物語が進みます※。
コロコロ場が変わるのが、頁めくる度に“メアリー”と“エリザベス”が飛出してくる様に感じたのです。

(※配役)
エリザベス(神野さん)×侍従ナニー 
            後のダドリー夫人レティス・ノールズ(中谷さん)
メアリー(中谷さん)×乳母エリザベス・ケネディ(神野さん)


後方席だと舞台で演じている様子が合わせ鏡のように見えて、二人の女王の生涯が真逆だったことを思います。
衣装はチラシと違って、黒のシンプルなドレスの上に麻布みたなガウンのようなものを羽織った感じ。
舞台のドレスはパルコ劇場の特設サイトの写真でみることができます。


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過去の公演は未見、作者のことも全く存じ上げず^^;
普通の歴史劇と思っていたらフェミニズム演劇でちょっと驚きました。

後半の“豚さんの歌”とか、エリザベスの結婚に対する考え方とか、ちょっと怖かったです。
“豚さんの歌”の豚とはロバート・ダドリーの事です(曲名は私が勝手に付けました)

“豚さんの歌”は、メアリーが夢の中でエリザベスと会見した時の様子なんですが、上から電飾が下りてきて二人がマイクを手にノリノリでダトリーを罵倒して歌う姿に唖然としてしまいました。
このお芝居の結末はどうなるんだと心配しはじめた頃、電飾がなくなり、メアリーの夢オチとわかって“ほっ”としました^^;


パンフレットによりますと、作者は70年代に小説や戯曲で男性視点で書かれた歴史を女性視点で読み直しをはじめたとのこと。(近作は1980年の作品)
このことを知って思い出したのが『W.E』※
エドワード8世の退位のラジオ演説ぐらいしか知らなくて「恋の為に全てを捨てた人」というカッコイイ(?)イメージしかなくて、エドワードと出会うまでのウォリスの人生や恋の為に捨てたことを考えたことなかった気がします。
全てが史実通りに描かれたわけではないと思いつつ、ウォリスに同情した作品です。

※放題『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』
 (2011年/監督マドンナ)

**********

パンフレットを買うのは控えていたのですが、今回のは購入してよかったです^
ちょっとお高いなと思い迷いましたが、装丁と写真が素敵で(チラシ等の青と赤のドレス)インタビューや作品の背景等も読み応えがありました。
(『禁断の裸体』は文字は多くても知りたいのが無かったので、今回は見本をしっかり確認した)



中谷さんのお芝居、私は『猟銃』以来だったのですが、お上手になっていて嬉しくなりました^^
(上から目線ですみません。言葉が思いつかなくて)

メアリーの衣装が片袖だった理由が分からないのですが、私の中で囚われの身ということでエリザベスより格下ということか“、逃げる為の翼がないという意味で収めました。
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by k-mia-f | 2015-07-26 17:44 | 演劇

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作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:アンドリュー・ゴールドバーグ
演出補:谷賢一
出演:佐々木蔵之介


舞台は精神病院。登場人物はたった一人の患者。
そして時折見守る看護師二人のみ。
監視カメラが、患者の全ての動きを、逃さず捕らえて映し出す。
観客は、患者に内在する「マクベス」の登場人物たちを介して、
あの忌まわしい物語を追体験する。(パルコ劇場公演情報より)



『マクベス』の翻案と1人20役とういうのに興味があり、特設サイトの動画やオリジナル版の劇評等は見ずに観劇。例えば『フランケンシュタイン』の様に一人の役者がマクベスとマクベス夫人を演じるような舞台を観たいと思っていて、理想とは異なるけどこれなら二役同じ役者の演技を観る事ができます。
公演情報を読んで、多重人格の患者が幻想の世界にとらわれていて(戯曲の台詞を言う)、看護師は現実世界に生きている人(戯曲の台詞を使わない)と想像していいましたが、実際は違ってました。

冒頭で“患者”が何らかの犯罪に関っていることが分かり、『迷宮の女』※みたいな扱いなのかなと思い・・・ましたが違う様子、舞台が進むにつれ“患者”は自傷行為を繰り返しており原因は“子供”に関係があると、多重人格ではなく役を演じている※と感じました。

“患者”は被害者なのか加害者なのかどっちだろう??と
そんなこと時々考えながら観ていましたが、ヒントが色々あったけど答えは出さずに終わりました(見逃し聞き逃しがなければ・・・)
こういう想像とうか妄想できるのは、割と好きです。
好きなんですが、途中がちょっと単調で退屈に感じる部分があり、好きか嫌いか微妙なお芝居という扱いになりました^^;

※2003年ルネ・マンゾール監督(この作品からシルヴィー・テステューのファンです^^)
※観劇後にた動画で、佐々木さんは“演じている”ではなく”語っている”と仰ってました。

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舞台セットはオリジナルと同じ(特設に写真あります)
緑色のタイル壁(っぽい)の病室には3台のモニターと室外から監視できる窓、ベッド・椅子・洗面台・浴槽、出入り口が階段の上にありました。

患者が入院するところから始まります。
放心状態のスーツ姿の患者の衣服を医師と看護師が脱がせ院内服に着替えさせます。
この場面で何らかの犯罪に関った人物と分かります。
医師と看護師が何やら話していますが良く聞こえませんが、多分「ボタンはずしますよ」とか戯曲にはない台詞だと思います。
着替えが終わり、医師と看護師が部屋から出る際に患者が「いつまた会おう、三人で」と声をかけます。
ここから20役を演じ分けるお芝居が始まります。

ブランケットやバスタオルの使い方等、色々な小道具を上手く利用して演じ分けますが『マクベス』の予備知識無しでは難しいお芝居に感じました。
小さい役やエピソードは省いて大分すっきりした物語になっていますが、粗筋を読む程度だと“初マクベス”の方は混乱しそうな気がします。
初めての方は、観劇前に戯曲を読むか舞台映像("ほんぽーと"はBBCのシリーズがあります)を観ておくことをお奨めします。

佐々木さんが“チケットを売る為”(byアンドリュー)年齢を感じさせない姿で舞台に登場しますが、三浦大輔演出『禁断の裸体』の後ではアイドルのようにおとなしい演出に感じます。
オペラグラスでガン見しても大丈夫なレベルです(私はしてないけど)。

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小道具は役の演じ分けだけでなく、物語の中で「患者の身に何が起きたか」を教えてくれるヒントでもあります。

”マルカム”を表す人形、とマクダフの息子を”表す“子供用セーターの扱い方。
(マルカムの台詞の後、乱暴に投げつけたのが気になっています)
マクダフの息子を浴槽に沈めて殺害するのは何故なのかとか。
(戯曲では刺殺ですよね?)
“患者”=“マクベス”の浴槽での自殺未遂は何故なのかとか。
(戯曲通りなら助からないですよね?)

こういのを想像・妄想するのが楽しいです^^

**********

観劇後に特設サイトを見た後の私の解釈。

冒頭の魔女の台詞「いつまた会おう三人で」が、最後に同じ立位置で同じ様に登場します。
ここで振り出しに戻り、患者は現実世界に戻れないのではないかと。
入院してから同じことをずっと繰り返しているのではないかと。
マクベス(患者)マクベス夫人(奥様)息子の三人のことなんじゃないかと。
戯曲ではマクベスとマクベス夫人は表裏というか一対というか“二人で一人”のように思えるのですが、今回の場合はマクベスとマクダフが“二人で一人”なのではないかと。
文楽っぽく言えば、マルコムへの忠義から自分の妻子が殺されたともいえるので、現実世界でも似たような事が起きていたならマルコム人形を投げつけるのもわかるかな・・・というのが私の「勝手に解釈」
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by k-mia-f | 2015-07-24 16:02 | 演劇

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原作:今日マチ子「cocoon」(秋田書店)
作・演出:藤田貴大(マームとジプシー)
音楽:原田郁子


初演と原作は未見。
藤田さんの演出は『モモとパノラマ』に次いで2回目。
「ひめゆり学徒隊をモチーフ※にした物語。
舞台は凹型、後方にスクリーン、衣装は白シャツとベージュの“ふわっ”としたスカートで、初演の舞台写真を見るとこのあたりは変わっていないと思いました。

普段観る舞台に比べると役者さんの力量がイマイチかなと思いましたが※、台詞が現代女子高生っぽいことや床運動みたいな動作と合わせると、全体としてはうまくまとまっているように感じました。特別に印象的なところ(場面・役者)はなく最後まで観て「うまくまとまるもんだなぁ・・」というのが感想。

※藤田さんがインタビューで「戦争をモチーフ」と仰ってますが、ひめゆり」「沖縄」と特定はしていなかったです。アフタートークでもそんなこと仰ってたような(既にうろ覚え^^;)

※台詞が聞き取りにくい。スピーカーが近くて音楽と重なって聞き取りにくかったというのもありますが、声が小さいことが一番の理由じゃないかと思います。大きい声というと叫んでるだけというふうに感じました。

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藤田さんの演出の特徴である、短い場面・台詞を何度も繰り返す「リフレイン」で、黒子さんのような男性2名の椅子を動かす所作が古典芸能の型のようで、そういう目で観ると舞台の形が能舞台を真似ているようにも感じます。タイプは異なりますが、木下歌舞伎『黒塚』や女体シェイクスピアシリーズで感じた「やり過ぎだけど勢いがあって面白い」に似た感想で、若い演出家さんが古典で新しいことしようとするとこうなるのかな?

私の中で狂言と挙げた3劇団(劇団というより集団か?)の共通点はテレビでは絶対つまらないとと思うこと。
何でも生の方が良いのは当たり前なんですが、他はそれなりに楽しめそうな気がします。
「このお芝居って面白い。次は生で観てみたい」と「テレビは途中で飽きちゃったけど、生で観たら面白い」の違いなんですが・・伝わるでしょうかね。

他の若い演出家さんというと、昨年から今年でイキウメの前川さん、小川絵梨子さん、森新太郎さんの舞台を観ていますが普通のお芝居(?)と同様の感覚で観ています。何年か前の前川さんの「奇ッ怪」は夢幻能の形だったし、森さんは古典作品だったのに何が違うのでしょうか???

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私にとって台詞が聞き取れないというのは凄いストレスですが、こちらの劇団(?)は気になりません。
「ひめゆり学徒隊」と結びつけて観ていたので、台詞や時系列が分からなくなっても、何を表現しているか理解できたということもありますが、何度も続く「リフレイン」が、徐々に身体に染み込んでいくよな感覚で、お芝居よりもNoismのダンス公演を観ている時に近いような気がします。

それと、あちこちから聞こえる啜り泣きが舞台の効果音のように感じました。他の舞台の啜り泣きは「客席から聞こえる音」なんですが、今回はまるで舞台の演出の一部の様に感じました(私は一粒もこぼれなかった・・・)

現代の女子高生っぽい話し方だからと思いますが、過去の沖縄戦を思いながら観ていたのが徐々に未来の物語を演じているような気がしてきました。
近頃の法案をめぐる動きも影響しているかもしれません。
話がそれますが、昔から何となく政治家は信用できない・何も変わらないとか思いながら、左右関係なく戦時を生き抜いた同志の越えてはいけない一線のようなものがあった気がします。今はそうゆうのが無くなったような気がして不安に感じます。

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昨日ちょと愚痴ったことですが(削除済み)
今回は整理番号なしの自由席だったんです。
劇場に続く通路の窓際がベンチになっているので、会場まで1時間あるけど腹ごしらえしながら待つことにしたんです。
他にもおしゃべりしてたり、読書をしている方が大勢座っていて『cocoon』の為に用意された場所ではありませが、殆ど開場待ちの方だとわかります。
で、私の隣に座った方が会場待ちの列かどうか質問されて「そうだと思います」とお答えになり、私はちょっとびっくり。
ベンチに座れるのなんて限られた人数だし、着いた順に腰掛けているわけじゃないし(着いた順に座っていたとしてもそんなルールがあるわけでないし)、後から来た人が入り口前に立ったらその方の方が優先入場順位は上です。
「舞台をご覧になる方達だと思いますが・・・」と教えてあげたのが余計な事でした。
そしたら、
「自由席だから並ぶ」と仰って、開場まで45分もあるのに、誰も並んでいないのに、腰掛ける場所もあるのに、先頭に立ってしまって、1人立ったらベンチに腰掛けていいた皆さんも後ろに続いてしまって、私だけがポツンと残ってしまいました。
入り口前が混雑してきて劇場スタッフから指示がでてから並ぼうと思ったのに・・・・
私に質問されたわけでもないんだから違っても黙っていればよかった・・・・
これが昨日の「口は災いの元」です。
どのように客席が用意されているか分からなかったけど、今迄の特設の様子をから正面は100~150かなと想像し、スクリーンがあるから正面に座りたいなと思って私も並ぶことにしました。
で、入場したら「早くから並ばなくても大丈夫」なセッティングでした^^;
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by k-mia-f | 2015-07-20 20:48 | 演劇

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原作 中島 敦
構成・演出 野村 萬斎

「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い。」

他にもグサグサ刺さる言葉が多くて・・・



*********

初演(2005)・再演(2006)は未見で6/16東京公演と6/27の新潟公演を観劇。
中島敦作品を読んだことがなく、東京公演前に図書館で借りてきたのですが短編なのに読み始めると睡魔に襲われて読了できず(恥)
小説を元に戯曲化されているのものと勝手に思い込んでいて、粗筋だけ押さえておけばついていけると思っていたのですが“そのまま”でした。
※粗筋だけで十分ついていけました。


**********


前半は中島敦の紹介と『山月記』、後半が『名人伝』です。
プロローグで中島敦の略歴が萬斎さんの声で流れ、舞台広報から“中島敦”が登場し、“中島敦”の影を切り取って作られたような“コピー中島敦”が3体(3名=以下敦たち)発生します。
(※私には登場というより発生とか生まれるという表現が合う気がしました)
(※パンフの萬斎さんのインタビューでは“分身”とありました。)


入場時の舞台には、後方に中島敦の写真(映像)があり、開演後の暗転で萬斎さん演じる“中島敦”と“敦たち”が写真から飛び出してきたかのようです。
何ていうか・・・はっきりした特徴のある方で良かったですね。

“敦たち”がお能のワキ方や地謡の役割を担っているようで「もしかして“新種のお能”なのかしら?」と思いました。(※新作能という意味ではありません)

この“敦たち”がいないかったら私は舟漕いでいたかも・・・^^
“敦たち”がいなかったら「朗読」になるので、小説を読了できなかったのと同様になるのではと思います。
そういえば、白石さんの百物語でも、作品というより文章で疲れる作品がありました^^;


**********


新潟では最前列でしたので、萬斎さんをガン見。
虎に変わってからの舞で飛び降りたときの振動がズシンと伝わってきてドキドキでした

高さを生かした演出だったので最前列だと見切れちゃうけど、人間から獣に変わる所作が素晴らしかったので満足です♪
それに東京公演の記憶が新しいので、見切れちゃう部分は頭の引き出しから取り出してました。

虎になった兎を襲う場で上から振ってきた白い物は紙吹雪かと思っていたのですが羽でした。
ここは怖い場面なのに、小道具の兎を観ていると『隠狸』を思い出して遊んでいるように見えて困る^^;
赤い照明に照らされた虎を見てお芝居の世界に戻ってこれて“ほっ”


この李徴の台詞が私に重なるところが多くて凹みます。
私は虎にはならないけど、他の獣に変わるかもしれません。
これという獣は思いつかないのですが、虎よりもっと臆病な獣の何か。

「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い。」
他にもグサグサ刺さる言葉が多くて・・・



*********


『名人伝』は「考える人」の“敦たち”が先に登場し、チャライ感じの敦が登場。敦の雰囲気が『山月記』と違っていて「君はこういうキャラだったっけ^^?」って思いました。敦が紀昌に変わる衣装も何かおちゃらけた雰囲気だし所作もコミカル^^

『山月記』にはなかった笑いを誘う場面が多くて、ここでこの2作品が選ばれた理由が分かりました。
『山月記』がお能で、『名人伝』が狂言、二作合わせて公演名『敦』で能楽ってことですよね?
  ↓
(パンフ読んだら違ってました^^; 虎ということを客観視するところ、自嘲するところから『山月記』の方が狂言的とのこと)

石田さん演じる飛衛と妻の二役の切替に会場内から笑いが起きました。
衣装の一部を外し、顎から伸びた髭を頭上に移動させての早変りが受けてました♪
私は髭の先を束ねていた物が女性の髪飾りになるのがツボでした。



漢字を物や生物のように扱う映像の使い方が面白かったです。
上手く説明出来ないボキャ貧が悲しい(泣)
映像以外でも漢字の使い方も面白くて、矢が当たった渡り鳥を「鳥」と書かれた紙が落とすことで表したりとか。


エピローグが重い・・・
りゅーとぴあへ向かう車内でのラジオがね、女性の再就職についてでね、それで凹んでたのも影響してるかも。


でも面白かった!!
次は曽我兄弟!
出掛けてばかりでハローワークに行く時間がありません
(最初から有給消化が終わってから行くつもりだっんだけどね)
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by k-mia-f | 2015-06-27 21:17 | 演劇

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作:鶴屋南北 
演出:森新太郎
上演台本:フジノサツコ
前半1時間50分「序幕・二幕」
後半1時間「三幕・四幕・大詰」
公式HP


歌舞伎以外でも上演・映画化されている人気作ですが、私は初お岩さんです。
それで観劇前に粗筋を確認したところ、かなり勘違いしておりました^^;
小さい勘違いは置いておいて、大きい勘違いでは“お岩さん”の顔の傷は火傷だと、町人の奥さん(又は妾)だと思っていました。
昔は『仮名手本忠臣蔵』と1セット(交互)に上演されていたとのこと。
それも粗筋等を読んでみると成るほど設定がかぶっています。
“四谷”を地名だと思ってました 恥ずかし~~^^;



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(四谷怪談仕様のマスコットは人気者)
(見えないけど足の裏は“♪”です)
(機種変した携帯で光度調整がわかりません^^;)




森さんの演出は『エドワード二世』※を観劇し概ね満足で、若い演出家さんなので次の作品も気になっていました。『ビッグ・フェラー』の新潟公演を観劇し、とても良いと感じたので、私には翻訳作品のイメージしか無かった森さんの日本の古典を演出すること※、秋山さんがお岩さんを演じるということ、広~い新国立中劇場を上から観てみたいということもあり、無職なのに奮発して1Fと2Fで2回遠征。
1回目の2F1列目は手摺がちょっと邪魔で目と頭が疲れてしまい、アフタートークは参加せず早めに三軒茶屋に向かい休みました(19:00からは『敦』でした)
実際観劇してみての感想は、正直いうと物足りないと感じた点がありましたが2回遠征の価値があった舞台でした♪

※2013.10 新国立劇場小劇場での公演
※私が今迄知らなかっただけで、実際には過去に2回『東海道四谷怪談』の演出をされいています。


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(後ろ姿はこんな感じ♪)



大きな舞台の中央に白布と白壁だけのセット、その周囲は真っ暗で『エドワード二世』の“黄金の茶室”セットよりもシンプル
これは結構私好み^^♪


上手から黒子が登場して大きな白布を広げ、奥から伊藤家皆様縦1列で登場します。
この登場場面の音楽が昔の大作映画みたいなドラマティックな感じで、『アラビアのロレンス』の序章を連想しました(あくまで私の場合)
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(←公演時に展示されていた模型)
(「黄金の茶室」は私が勝手に名付けただけです^^;)



台詞は歌舞伎調(南北の言葉)を多く残していて、所々聞き取りにくい台詞がありましたが物語の流れで十分伝わるので私はOKなんですが、時々言葉のバランスが悪ように感じたのがちょっと・・・。全てではなくて時々感じたことなので・・・何故だろう?役者さんの力量の差でしょうか??


役者の力量というと(偉そうなこと言える立場ではないのですが他の言葉が思いつかない^^;)、お岩以外は男性が女形を演じていて、有薗さん演じるお梅は客席の笑いを誘う可愛らしさ(^^;)でお上手でしたが、陣内さん演じるお袖は見た目は可愛らしいけれど中身は男性でした(きっぱり)。お岩を他の女性と差別化・際立たせること(怨念)が演出意図のようですが※ これなら全員普通に女性が演じた方が良かったように思います。
1人だけだったので勿体無いな・・・
歌舞伎の女形のようにはいかないのは他の役者さんも同様ですが、他の方は“女性を演じている”と聴こえました。


**********


前半の最後の方、喜兵衛とお梅を殺めてから舞台の前方が徐々に下がって行き、遺体が滑り落ちて行く様子が大きな舞台ならではで綺麗だと感じました。その大きく穴の開いた状態(溝)のままで後半に入り、川として使われるのも良いと思います。
遺体が流れていった川で伊右衛門が呑気に釣をしているってこととか、”魚が登場するとやってみたくなる小芝居”で笑いを誘い、その後戸板に打ちつけられた遺体が登場するとういう流れ私好み。


夢の場面も怖くで綺麗でした。


後方から大きな壁が川(溝)に向かって迫ってくるところが行き場が無い切羽詰まった感があり、その壁の中央に戸板がはめ込まれたようになっていて、くるっと回って交互に打ち付けて流されたお岩と小平の遺体が登場します(戸板返)。夢の場面では横一列戸板を外したようになり明るい光の中浪人になる前の伊右衛門とお岩が登場、後に照明が赤くなり炎も表れ影絵となった二人が徐々に遠くになっていくのが幻想的で、奥行きと高さを生かした演出だなと感じました。



勿体無いのが、演出意図が分からない狙いすぎた音楽とスカスカの雪。


毒薬で醜くなったお岩が身支度する場面(髪梳きの場)と、伊右衛門が捕手に追い詰められる場面でピアノ曲「乙女の祈り」が流れます。

1回目の観劇では意表をつかれてポカンとなり面白いと感じましたが、2回目はピアノ曲を使うにしてもこれはちょっと・・・という感想に変わりました。もしピアノ曲を使用するにも最後に1回だけでよかったのではないかと思います。

私の勘違いでなければ、ピアノ曲以外にもパーカッションがドラマティックな感じとアフリカンな感じと雰囲気の違う曲が使用されていて「乙女の祈り」も色々使用された音楽の1つに感じ(要は種類が多過ぎる)、何か際立つことなくバランスが悪いとうう違和感だけが残った気がします。この曲を使用したのか演出意図が分かれば違う感想になるかも思い検索してみたけれど分からす(「乙女の祈り」の理由をご存知の方がいらっしゃったら教えてくださいm(__)m)

捕物・仇討ちでの雪は珍しくも無い上に黒い床が見える小雪、そこに大鼠がうごめいても※目立ちません(きっぱり)ついでに大鼠が大オタマジャクシに見えました。
広い劇場で雪がたっぷりだったら綺麗だろうな・・・勿体無い





*********


あれもこれも駄目と書きましたが、全体としては湿っぽくなくて、尖った感じで、今後の期待も含めて概ね満足な舞台でした。
木下歌舞伎を新国立でやってみたらと思っちゃいましたけどね。
尖り具合は木下歌舞伎、美しさではコクーン歌舞伎・・・と満足といっておいて毒を吐く


12月の国立劇場が高麗屋さんで『東海道四谷怪談』
観にいきたいけど・・・・舞台より悩まなければいけないことがある。
まだ有給消化中ということもあり求職活動する気が出ず(それでもやっと前の職場を気にしなくなってきた)6月は好きなことして過ごすと宣言はしたが、ホントにのんびりし過ぎだと思う。

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(お江戸っぽくホワイエに登場したお茶屋さん)
(見本のお団子より小さいって言ってはいけないのはわかっているが^^;)







書いているうちに思い出したのですが『エドワード二世』でも似たよな感想だった気がします。
ギャビストンがミスキャスト(きっぱり)
若い国王が寵愛するような人物には全く見えず、サンバシーンには失笑(私はね)

ご本人とファンの方には申し訳ないですが、ギャビストンはもう少し見目麗しい方に演じてほしかった。
サンバをやりかった為の配役なのか、それとも配役からサンバが産まれたのか??
(どっちにしても、セットでサンバが登場しないくてメデタシメデタシになっていたと思う)
これも全体としては楽しめたので、勿体無い舞台でした。
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by k-mia-f | 2015-06-23 17:29 | 演劇

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演出振付/金森穣
空間/田根剛
  (DORELL. GHOTMEH. TANE / ARCHITECTS)
音楽/トン・タッ・アン
衣裳/三原康裕、堂本教子
出演/Noism1+金森穣



私は“りゅーとぴあ”参上率(?)が高い方だと思いますが、Noismの公演は初鑑賞です。
興味はありましたが、ダンスの技術的なことはわからないし、物語がないし(オペラは物語があるので大丈夫なんですが・・・)「凄いなー」だけで終わって楽しめないんじゃないかという思いがありまして、他の公演のように“時間を作って観にいく”とういう気は起こらなかったんです。
それが何故観にいく気になったかといいますと理由はいくつかありまして、シネウインドの斎藤代表との「柳都会」やMANSAIボレロ公演後のアフタートークで舞台監督の金森さんが急に身近に感じたこととか、以前何かで読んだ金森さんのインタビュー記事に共感したこととか、上演時間が短いので(75分)好みに合わなくても我慢できそうだなと思ったこと(ゴメンなさい)、お手価格のチケット代(2F一般価格3,000円)・・・こんな感じです。


初鑑賞の感想は「とても面白かった!」です。
物語らしきものはあったと思いますが、正直いって何を表現しているのかよくわかりませんでしたが(恥)。それでも、ダンスだけでなく舞台装置(空間)・照明・音楽も含めて、総合的に観て大変美しい舞台で、素敵な時間を過ごしました。

セットは鏡面で作られた三角柱を並べたもの。最初は横一線に並んでいるんですが途中からダンサー達の手によって移動します。横一線の状態だけでも綺麗なセットだなと思ったんですが、移動する光の反射や影の動きがとても綺麗でした。最後のほうで三角柱を中央に寄せてガガラスケースの中でダンサーが踊るような感じになるんですが、鏡面で作られているので万華鏡をを覗いているような雰囲気。演目の為のオリジナル曲も幻想的で夢心地でうっとり。
舞台全体が見渡せる16列目中央ブロックで鑑賞しできたのも良かったです(りゅーとぴあ劇場は、お目当ての役者さんだけをおっかけ観たい人以外は2F席(14列目以降)中央が私のお勧めです)。

**********

公演後、何気に検索してみたら画像・動画が色々あって、それらを観ていると今迄なんて勿体無いことしていたんだろうと後悔しました(泣)

Noism公式サイトは「こちら
YouTube は「こちら
サポーターズのブログは「こちら

 ↑ をご覧になって「綺麗だな」と感じてくださった首都圏在住の方、1月24・25日にKAATで公演がありますので是非!(関係者じゃないけど多分当日券もあると思います)



次は6月に新作『カルメン』(その前にNoism2の公演があるけど)
速報チラシを失くして確認できないけど曲はビゼーと書いてあったように思います。
アリア付でやるのかな??
これなら好きな曲ばかりだし、1月の新国の『カルメン』お財布事情で諦めたのでとても楽しみです♪

**********

この公演が今年の"感激納め”の予定でしたが、遠征を入れてしました・・・。
もともと観たい舞台だったけど、12月は休みが少ないし、遠征続きでかなりお財布がキツイので諦めたんですが、ブログ巡りで気になってきてチケットとってしまった。
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by k-mia-f | 2013-12-25 20:55 | 演劇

忠臣蔵祭

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初めての新・歌舞伎座へ。
昼の部開場30分前に到着したので、お土産屋さんや屋上庭園等をウロウロ。
地下2F「木挽町広場」はチケットがなくてもOKなので時間潰しに良いです。
Tully'sとコンビニもあるし。
11~12月は「忠臣蔵祭」なので何時もより賑やか(多分)



歌舞伎初心者なので、公演の出来については見巧者ブロガーさまにお任せして^^;
観劇の楽しみの一つのお弁当とおやつ。


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一通り見学してから発券機でチケットを発券してから、幕間にいただくお弁当に手まり寿司を購入。
休憩時間だと混雑してそうなので、先に地下の売店で用意しました。
どこのお店のものか忘れましたが(バッグに手がかりが残ってないか探したけどなかった)美味しくいただきました。



歌舞伎座では幕間に「座席でお弁当を食べてもOK」とうのを聞いていましたが、実際はちょっと違いました。正しくは「座席でしかお弁当を食べる場所がない」のです。
国立劇場みたいに休憩所でいたたこうと思ってロビーへでましたがソファー等が見当たらなくて、座席に戻っていただきました。歌舞伎座の椅子は私が知っている劇場の中では良い椅子で、前の座席との間隔も広めだったので(今回は1Fの5~10列も間だったので天井も高かったし)座席でいただくのは嫌じゃなかったけど、それでもお弁当は別の場所でいただきたい。
(2Fと3Fにはソファーや立食テーブルがありましたが数は多くありません)
かといって、会場内の予約弁当には手がでないし^^;
30分で劇場の外で食事をしてたら遅刻しそうだし・・・


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こちらは翌日の夜の部でのお弁当。
京橋でランチの後、てくてく歩いてデパート巡りをして、三越で購入。
ランチが遅かったので幕間ではそんなにお腹空かなそうだし、サンドイッチかお握りすまそうかなと思いましたが、お弁当も観劇の楽しみの一つですから(しつこい^^?)
場所柄か座席でいただくのに丁度良いお弁当が多くて迷いました。



因みに、私のお弁当予算は1,000円迄。
この他にもおやつやお茶も購入するので結構食費がかからりますが、わざわざ遠征してせっかくの歌舞伎座(と国立劇場)でコンビニのお弁当は寂しいので、デパ地下や東京駅で和食のお弁当を物色する時間もいれて早めに出発します。


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歌舞伎座おやつの「めでたい焼き」
中に紅白のお餅(白玉かな)が入ってるのが特徴ですが撮影忘れました^^;


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木挽町広場で購入したお土産 
1日目昼の部で2個入りパックを幕間のおやつでいただいて、こちらも中にお餅(求肥)が入っていて美味しかったので2日目夜の部でお土産に購入しました。
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by k-mia-f | 2013-11-17 21:51 | 演劇